めぞん一刻

めぞん一刻という漫画があります。
上京してきた青年と彼の住むアパートの大家さん(めんどくさい)とのラブストーリーなんですが、定期的に通しで読み返したくなります。ただ、普通に頭から読んでいくとめんどくさくて疲れてしまうので、いつも15巻から遡って読むようにしていました。
ですが、世間的には読んだことのない人の方が多いと思います。読んだことのない人はやっぱり最初から読まないとわからないですよね。遡って読むと結果が分かった状態でそれまでの細かい要素や伏線の回収ができるので気持ち的にすごく楽です。でもこれは一回読んでいるからこそできる方法です。
なので最近は1巻から順番に読むようにしてみました。今起こっていることがどんな結果になるのかを考えるのは思いの外楽しかったです。
読んだことのない人もある人も五代くん達の気持ちになってめんどくさい状況を味わってみたり、高橋先生の意図を汲み取ってみたりして欲しいなと思っています。
僕の指揮の話を終わります。



こんばんは、19p オーボエ パートの鈴木です。今回は学指揮目線で部日誌を書いていこうと思います。
学指揮は割りと楽しいです。本当はずっとオーボエを吹いていたいですが、乗り番が増えると思えば楽しいです。曲の指揮は高校の時からしていますが、特別やりたいわけではないです。自分が吹いているときに指示や進行が微妙な指揮をされるとすごく鬱憤が溜まります。それを回避するために学指揮になりましたが、気付いたら今も続けていました。ビックリですね!
スラブ乗りの人は覚えているかもしれませんが、以前「もっと指揮者側にアプローチをかけてきて欲しい」的なことを言ったと思います。ちょっと抽象的過ぎる表現だったかなと反省しています。
皆さん合奏中何か考えてますか?自分は単なる演奏者だと思っていませんか?
僕は前述の理由で学指揮を始めたので自分が吹いている時も自分が合奏しているつもりで考えていることがよくあります。
小学生の時とかに「当てられてなくても自分が当てられたつもりで答えを考えよう!」みたいなことよく言われましたよね?あれと同じです。
配置の位置的に奏者側じゃないと聞こえないこともあると思います。でもそういうことではありません。自分のパートが捕まっていない時にぼーっとしてたりしないですか?そういう時に考えてみて欲しいです。
もし自分が指揮を振っていたら、どのパートにどんな指示を出すか、今出した指示はきちんとこなされているか、指揮者が指示していないところで気になるところはないか、そんなことを考えてみて欲しいです。
僕の気づいてない部分が顕になって演奏が進歩するということもありますが、それよりも自身の意識が変わります。(意識すると意識が変わるって何か小泉構文みたいですね笑)
演奏のうまさとか技術に関係なく意識をしているかどうかは演奏を通じて伝わってきます。そういう意識が伝わってこない演奏が僕の言う「指揮者側へのアプローチがない演奏」です。この意識は一例なので他にもいろいろあります。皆さんで探していって欲しいです。

僕はそこまで自分の指揮に自信があるわけではないです。なので皆さんがどう思っているのかを結構気にしています。合奏後とか、当日じゃなくてもいいので感想とかをいただけるとすごく喜びます。合奏の内容がどうだったとか、テンションがどうだったとか、雑談の内容がどうだったとか、関係ないことでもなんでもいいです。
そんな感じで皆さんがもっと積極的に合奏に参加してくれたら、もっといい演奏ができるんじゃないかなと僕は思っています。

春定まで一ヶ月切りましたね。僕も頑張ります。頑張りましょう!!!




追記
めぞん一刻読んだことない。
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