「生活者の音楽」

こんばんは。会計17M中出です。

水曜は学生tuttiで、新世界3楽章とスラブと魔弾をやりました。新世界ではトップをしていますが、毎回手汗がすごいです。手が滑るとA管とB管を持ち替えるときにジョイントが回らないので、焦って余計に手汗が出ます。毎回ヘマばかりこいてすみません。本番までには何とかします。

この間、蜜蜂と遠雷の映画を観てきました。原作は恩田陸の小説で、コンクールに臨むピアニストたちが描かれています。あらすじとしては小説の抜粋的な感じでしたが、何というかとてもよかったです。小説の中で「春と修羅」という新曲が登場していたので、それがどうしても聴きたかったんですよね。

このお話のメインキャラクターのひとりに、高島明石という人がいます。現役音大生ばかりのコンテスタントの中で、明石は結婚していて子どももいて、楽器屋さんで働いています。
明石の信条は、「生活者の音楽」の追求です。今ひとに本を貸していて引用できませんが、なんだかめちゃくちゃ良い台詞を言っていました。生活者の音楽ですよ? 生活者の音楽。

生活者の音楽。

考えたことありませんか。
わたしは間違いなく音楽家にはならないし、おんぶの皆さんもほぼ全員がそうだと思います。みんな日々音楽とは全然関係ない講義を受け、実習に参加し、テストに追いまくられています。じゃあ音楽って何なんだ? 試験勉強の時間を削ってまでやっているこれは何なんだ?

正直、音楽なんて無くても生きていけると思うこともあります。「音楽とか儲からないし歌詞とか適当でもいいよ」ってヨルシカも言ってますよね。そんな感じです。音楽とかテストに出ないし、病気がみえればそれだけでいいよ。

でも完全にそう言い切る勇気も無いから、わたしはここにいます。恵まれた環境にいるから呆けているけれど、楽器が、音楽が、この手から奪われたとしたら、実は生きていけないかもしれない。音楽がいらないなんて口に出すこと自体、思い上がりも甚だしい、恥ずべき傲慢なのかもしれない。答えなんて、出ないんですよね。

「春と修羅」後半のカデンツァは即興に任されており、楽譜上の指示はただ一言だけ、「自由に、宇宙を感じて」とあります。
そこで明石が弾いたのは、永訣の朝のあの有名な一節、あめゆじゆとてちてけんじや、を明石の幼い子どもまでが口ずさんでしまうような、本当に素朴で純粋な調べでした。

彼の姿に、わたしはある意味救われました。もちろん、明石と比べるのもおこがましいくらい努力も実力も足りない身ですけれど。プロじゃない、音楽家じゃないからこそ探し当てられる音があるのでは、そしてその探索のためなら、もうちょっと時間を捧げてみてもいいのではという気が、今は少しだけしています。

月並みな着地点ですね。音楽家でも文筆家でもないから仕方ありません。次にソロを吹くときには、一昨日誰かと作ったフレンチトーストのあったかい香りが乗ればいいと思います。生活者の音楽って、きっとそういうものなはず。

中出理紗子
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