もうすぐクリスマス

こんにちは。18Pバイオリンの川島です。部日誌を溜め込んでしまったので2回分書きます。

役職は会計を務めています。弦のみなさんはお金を徴収しに伺うこともあるかと思います。よろしくお願いします。皆さんからお金を徴収する仕事は結構楽しいです。

水曜日は先生tuttiでした。新世界3,4楽章、スラブ、魔弾をやりました。
新世界は1stで乗っているのですが、いつも人が少なくて寂しいです。魔弾は一応2ndのトップを務めていますが、パートの他の皆さんの音に頼りっきりだし、スラブも難しくて全然弾けないので、実習も終わったことだしたくさん練習したいと思います。

金曜日は弦セクはクリコン練をしました。セントポールの練習のときに、ふと去年のセントポールのセク練のことを思い出して、勝手に懐かしんでいました。毎年同じ曲をやるのもいいななんて思いました。

12月に入って、街でイルミネーションを見かけることも多くなってきましたね。特段クリスマスに良い思い出があるわけでもないのですが、毎年この時期になると、特定の何年間かのこの時期のことを思い出します。なんでなかなあと思っていたのですが、その頃にクリスマスソングをとりわけ多く耳にしていたせいかなと最近気づきました。
匂い、嗅覚が一番記憶を呼び起こすとはよく言いますが、音楽、聴覚はその次くらいにくるのではないかなと個人的に思います。音楽を聴いて、その音楽をよく聴いていた頃のことが懐かしくなることがよくあります。
今回の定演に関して、いつかまた新世界やだったん人や魔弾やスラブを聴いたときに、懐かしく感じたり、良い感情が呼び起こされることができるといいなと思います。

最近新小岩と錦糸町の間でスカイツリーが見えることに初めて気づき、最近窓の外見てなかったなーなんて思った今日この頃でした。

川島志織

音階ができたら曲も完璧ってそれ一番言われてるから

竹内です(5回目)。

水曜は先生tuttiでした。しんせかいの234楽章と、だったんじんの踊りをやりました。
どちらも難しくて、全然弾けませんでした。はやく先輩方のように弾けるようになりたいです。

前4回は自分のことを書いてましたが、セクリなのでそれっぽくみんなにお願いしたいことを書きます。
あ、最初に要約を書いときます→「練習しよう」


まずは最低限のことです。社会としてのオーケストラについてです。

音楽は楽しいし楽しむべきものである一方、オーケストラはひとつの社会なので責任が発生します。そしてそれはあまり楽しくないことかもしれないです。
100人くらいがそのtuttiのために数時間練習するというのは結構大変なことです。それを自分のミスや練習不足でおじゃんにするのはやべーことです。という前提があり、その上で寛大な心をもって臨むものもいれば、弾けないものを邪魔だと言う人もいるし、練習する姿勢があればいいという人もいます。そこら辺の姿勢も含めてその人の音楽観だと思います。

世の中一般に言えることだと思います。実習とかで予習してこない人がいたら迷惑だけどそれに噛みつくわけではない。でも毎回予習してこなかったらさすがに許せない。かといって自分が毎回完璧に予習していくかと言われたらそういうわけでもない。ではどれくらい予習してくるかというと、結局そこは個人の価値観次第ですよね。

実習の先生のように毎回完璧に練習してくる必要はないにしても、みんなが自分の担当する部分をもう少し練習するだけで出来上がるものは抜群によくなると思います。
ですが、これは社会の一員として課せられる責任に駆られてやることです。自分の責任の範囲内で、自分が責められないよう自分のためにやる音楽です。僕はここまでを最低ラインとして考えたいです。


次が目指したいところです。

オーケストラっていうと高尚なイメージがしますが、結局は共通の目的のもとに集まったひとつの大きなチームです。人数が多いので個の存在感が薄れがちですが、良い音楽を作ろうという共通の目的のもとこんなに多くの人が集まれたことにもっと感動したいです。
社会に出たらきっとこんな集団はないと思います。みんな自分が生きるために働くことになるのです。しらんけど。

なので自分の担当する部分をもう少し練習したうえで、となりの人が担当する部分にもう少し耳を傾けてみてほしいです。そこには隣の人が練習した結果や、その人のやりたい音楽があるはずです。
それをさまざまな意味でくみ取ってあげましょう。支えてあげたり、合わせてあげたり、、、

そうした後にもう一度周りを聞いてみてください。そこにはその人があなたのために練習し、あなたのために作り上げた音楽があるはずです。みんながやれば必ずあります。こうして、みんながみんなのためにやる音楽をしたいです。と終わりにしたいところですが、実は続きがあります。

みんながみんなのために合わせる、ということの究極のゴールかもしれないですが、みんなと共感したいです。同じことを考え、同じ音楽を作ろうとしたら合わないはずがないですよね。
そうして本番を迎え、本番は自分らの作品を披露するのではなく、自分らの共感を観客に届けたいです。観客に届け、そして観客にも共感してほしいです。会場が一体となる感覚を、興奮を感じたいです。

というふうになるようにみんなにお願いしたいです。
読んでくれてありがとうございました。


p.s.
初心者の皆さんはこの時期大変苦労すると思いますので、僕が昔考えたことを書きます。助けになればうれしいです。
中1が二次方程式を解けなくてもだれも怒らない。それよりもいますべき勉強を積み重ね、高3で積分をマスターすることを考えてほしい。
またくさいことを書いてしまった気がします。あたり前のことですが、意外と忘れられている気がします。勉強と同じで、コツコツ頑張りましょう。先輩方は敵じゃないはずです。もし中3にもなって二次方程式が解けなかったら怒りますが。

テーマ : 糖尿病
ジャンル : 心と身体

幹部ヨガ民1号です


こんにちは!18PVnパートの吉野です。
一年間外務の演奏会担当を務めさせていただきます。好きなヨガはネイチャーヨガです。動物になりきるポーズがたくさんあるヨガです。
よろしくお願いします!

今日はセク練、パート練でした。
クリコンのセントポールとドヴォセレ、春定のスラヴを練習しました。練習始めて間もないのでちょこちょこ間違えましたが、どんな曲なのか把握できた良い機会になったと思います。Vn1年生sとのドヴォセレはほっこりしました(^^)

春定、クリコン、直近のいのさいに向けてさまざまな曲を練習しなければならない時期ですが、ひとつひとつ丁寧に焦らず頑張っていきたいと思います。
なのでとりあえず火急のtuttiのチューニングから練習します…。

ブラ4コンマスです

LINE電話の着信音で目が覚めました。時計を見ると、8月28日水曜日の夜12時過ぎでした。僕は部活から帰るやいなや、そのまま布団に倒れこみ寝てしまっていたようでした。

電話をしてきたのはコントラバスパートの池田君でした。「今から飲みに行くから来ないか」という電話でした。

呼ばれた店に行きました。池田君と学指揮の宇川君がいました。2人は、その日の練習のブラ4の2楽章が上手く行かなかったことについて話していました。そして、僕が到着するなり二人は僕に言いました。

「今日の練習、やる気なかっただろ」

そんなことはない、と最初は思いましたが、よくよく考えました。自分では普段と同じようにまじめに弾いていたつもりでしたが、どこかに、「先生がいないから」という油断がありました。その油断が他の人にも伝わり、演奏全体に影響してしまったかもしれません。

本番を目前にしていますが、最近のtuttiは上手くいくときと上手くいかないときの差が激しいと思います。上手くいっているときは、鳥肌が立つような涙が出るような瞬間が生まれていると思います。逆に上手く行かないときは、内容が無い演奏になってしまっています。水曜日の2楽章もそうでしたし、昨日の練習も3楽章の途中で走ってしまい、崩れかけてしまいました。

上手く行かないときはなぜ上手く行かないのでしょうか。要因の1つに、一人一人が音楽を楽しめていないということがあると思います。水曜日の僕もそうなってしまいましたが、毎週部活があると一回一回の練習を何も考えずに終えてしまう人がいます。tuttiの時間をただ座って音を出しているだけで終わってしまっている人がいます。

しかし、合奏ができるのは当たり前のことではありません。経験年数は違えど、自分の楽器と自分なりに向き合ってきた人が百人程度いて、同じ部活に入って、何時間も練習して、だれかが練習予定を決めて、だれかが練習場所を確保して、だれかが楽器を運搬して…途方も無い努力が積み重なって奇跡的に一回の合奏が達成されます。そんな奇跡的な時間をなにも考えずに終わってしまっていいいはずはないと思います。全力で、その奇跡を感じなければいけないと思います。

「ミスをする」というと音程を外すとか、他のパートとズレるとかが頭に浮かびますが、本当にしていけないミスは、周りの音が聴こえなくなって自分だけの世界に陥ってしまうことだと思います。

オケをやる人の特に弦楽器の人の中には、「なんで自分はこんな下手なんだろう」とか思ったり「弾けてなくてすみません…」とか言ったりする人がたくさんいます。音楽を本気でやろうとすればするほど、自分の至らなさがたくさん見えてきて、マイナスな感情が増えてきてしまいます。その結果積極的な演奏ができなくなり、先生に「もっと音楽しなさい」と言われます。

自分の演奏に対するネガティブな考えは持ちたくなくても持ってしまうもので、仕方ないと思います。誰でも常にそういう気持ちを持っていますし僕も持っています。
しかし、そういった考えを演奏に出すのは良くないです。自分の演奏技術はすぐに変わるものではないですから、それを嘆くことに意味はありません。次に出す音をどんな音にするか考えることの方が大事です。

僕は高校生のときに初めてヴァイオリンを触った人間で、ブラームスでコンマスをやるに値する技量は全くありません。なので、ネガティブなみなさんの気持ちはよく分かります。しかし、ネガティブな気持ちのまま消極的な音楽をしてしまいtuttiの贅沢な時間を無駄にしてしまうのはもったいないです。


気づけば音楽部に入って3年半が経っていました。当たり前だと思っていた毎週の練習が、実はとても贅沢で貴重なものだと気づいたのは最近でした。仲間との時間についてもそうです。深夜に集まって音楽の話をすることも無くなっていくと考えると寂しい気もします。だからこそ残り少ないtuttiの時間を全身で味わい尽くしていきたいと思います。

齊藤剛

こんにちは。1年ぶり、4度目の部日誌エントリーとなります、中プロコンマスの竹内です。前はご飯大臣として書きました。

もう1年経つんですね。明後日には16Mと同期のNPEが幹部上になると聞いて正直何言ってるのかわからん状態です。というか半年後には14Mと16NPの神々が卒業するって真?

せっかくコンマスとして幹部じゃないのに部日誌を書く機会をいただいたので、ストイックに音楽の話を書いていこうと思います。今年一年通して生じた、僕の音楽に対する考えの変化について報告というか公開というかをしようとおもひて書きます。と言ってもそんな大した内容じゃありませんが。

これまで僕を悩ませてきた疑問の一つとして、なぜ僕は楽器を練習するのか、というものがありました。突き詰めると、なぜ僕は音楽をするのか、という疑問でもあると思います。

昨年も似たような内容を書いた気がしなくもないですが、あの時はみんなが心を通わせられて気持ちいいから(要約)、みたいなことを解としました。しかし、この解はかなり弱い解であると思います。心を通わせられるだけの技術がなかったら?弾けてない人がいたら自分が練習する意味はなくなるのでは?ゐのはなである必要とは?そもそも心を通わせるとは?と無限に弱点が見つかってきます。

なんとなくこんなことを考えながら一年過ごしてるうちに、自分がした音楽により誰かいい気分になってそれが素敵だからだ、という解が新たに心の中に湧いてきました。前の解がこちらの投げかけに対し周囲が投げ返してくることに対する喜びに着目しているのに対し、今回の解はこちらが投げかけることに対する喜びに着目しています。周囲への依存性を解いた、ということでもあります。

自分の演奏を聞いて、誰かがいい気分になる。それだけで十分うれしいのに、いい気分になった誰かがそれに共感し合わせてくれる。それを聞いた誰かがさらにいい気分になって、また合わせてくれる。(以後無限ループ)
その共感の最終形態としてオーケストラが存在し、自分らが増幅させた共感を観客にとどけ、観客にも共感してもらえたらみんなよりいい気分になると思います。
はじめはリズムや音程を合わせていき、やがて強弱、音質、表現へとだんだんグレードアップできたら聞いてる人はもっと気分がよくなるし、もっと深い共感が得られるかもしれない。そのために自分は練習していて、そういう風にしていい気分になってほしい人が多くいるから僕はゐのはなにいるのかなーと思いました。

報告は以上です。本質的には、団員と観客に違いはないと思います。自分が演奏を通して発したエネルギーを、演奏で返してくるか拍手で返してくるか、くらいの違いでしょうか。
コンマスはその共感の軸になりうる存在だと思います。本番まであと少しですが、なんとか自分の音楽を皆さんに発信していきたいと思います。皆さんも皆さんの演奏を僕にお聞かせください。

技術はまだまだ未熟でご迷惑おかけしますが、お互いの演奏によって本番の日が皆さんにとって、そして僕にとっても普段とは少し違う、特別な日になったらいいなと思います。
(↓パンフレットに乗せる曲紹介を添付しておきます。ぜひ読んでみてください。)
drive.google.com/open

テーマ : 子育て
ジャンル : 育児

最新記事
カレンダー
08 | 2020/09 | 10
- - 1 2 3 4 5
6 7 8 9 10 11 12
13 14 15 16 17 18 19
20 21 22 23 24 25 26
27 28 29 30 - - -
カテゴリ
月別アーカイブ